鉱夫の息子


 酸欠と衝撃的な経験と後ろめたさですっかり胸が重くなって町を出たが、新鮮な空気と越えて行く山々の優しい風景が心を取り戻させてくれる。ポトシからボリビアの昔の首都スークレへ向かう道路は有料道路で舗装されている。バイクは無料なのだがこの時は知らずに4ボリビアーノ払ってしまった。料金所のおじさんのポケットに入ったのだろう。
 僅か140KMなのに山を超える毎に現れる景色の誘惑に立ち止まらなければならないので、なかなか前に進めない。
 スークレの街もポトシの様に突然に現れる。標高は大分下がって2500mだ。街の大きさは更に大きく白壁とコロニアルな建物が美しい。街の中心でインフォメーションのマークを見付けて建物に入ると、そこは大学の構内だった。大学には観光学科があるので生徒が勉強を兼ねて旅行者に情報を教えてくれるのだ。男子学生に片言の日本語で話しかけられてびっくりした。こんな所にも日本人観光客が多いのかと思ったらそういう訳ではなくて、日本の漫画の影響で日本語に興味があり、JICAボランティアの日本女性の日本語授業を聞いたからだそうだ。驚くことに神道や日本資本主義の父、渋沢栄一のことも知っていた。でも日本語は挨拶までで後はスペイン語と英語で話をした。南米では珍しく、しかも彼の若さでは更に珍しく意思疎通に十分な英語を話した。適当なホテルを紹介してくれるように頼んだら一緒に行って交渉してくれると言うのでノーヘルの彼をパラグアイでやったみたいに荷物の上に座らせて街を走った。最初のホテルはバイクを中に入れられなかったので次を探すことにしたが、彼が“自分の部屋に泊れば良い”と言ってくれたので興味半分見に行った。日本のアニメのポスターなどが貼ってあったりしてジェネレーションギャップを感じてしまう。信頼できる若者なのは分かっていたし、狭くて暗い部屋だったけれど寝るには十分。でもさすがに知り合って直ぐに泊めて貰うのは気が引けて適当なホテルに部屋を取った。
 彼と夕食を食べに行ったのだが、なかなか面白い男だった。彼の父親は鉱夫だったが“息子には人生を選ぶ機会を与えたい”と頑張って彼を大学まで進学させた。これは鉱夫の家系には異例の事だろう。彼はこの国のもう一つの資源である観光に目を向けてこれを学んでいる。早死にする鉱夫の家系を考え、“もうじき自分は死ぬ”と言っている父親の事を話す彼の眼には涙が浮かんでいた。一人の人間にはどうすることも出来ない世の中の流れ、地球の未来、そんな話を彼にすると彼は今にも零れ落ちそうなくらいな涙を堪えて“僕たちには未来を変えられる、皆を説得できるって信じているからあなたもお願いだからそう信じてください”と僕に熱く語った。彼は純粋過ぎるまだ大きな夢を持った男で僕は知らぬ間に酷く歳を取ってしまったつまらない大人になっていた。
 その後、彼に連れられてディスコに行ったが、踊ってもいないのに大音量の激しい音楽と大嫌いなタバコの匂いに精力を吸い取られ、疲れ切ってホテルに戻った。やっぱり歳を取ってしまったのだろうか。