湖水地方へ


パタゴニアの北限、南緯40度の周辺にはチリとアルゼンチンの国境に走るアンデス山脈に沿ってたくさんの湖がある。この一帯の観光地が点在する地域を僕は勝手に湖水地方と名づけた。

Llanquihue湖を離れ北のEntreLagosまで僕の地図に載っていない林道でショートカットした。車に殆ど会わず気持ちよい。湖水地方の湖はどこも素晴らしいことは容易に想像付くが、途中右に見たRupanco湖も例外なくこの世のものとは思えぬ水の綺麗さだった。釣り人は糸とルアーだけで30cmくらいの獲物を捕らえていた。いつかまた来ることがあったら今度はルアーと塩くらいは持ってきて魚を焼いてキャンプをしよう。

 このままチリを北上する選択肢もあったが、チリを南北に貫く国道5号は高速道路だから僕の旅のスタイルには合わないし、北から下ってきたバイク旅行者の多くがアルゼンチン側を勧めてくれていたので一先ずアルゼンチンの有名な観光地バリロチェに向かうことにした。

 国境は大失敗だった。30台くらいの車が順番待ちで止まっていた。1台に4人乗っているとすると120人、観光バスもいるからもっとずっと多い。ここはチリとアルゼンチンを結ぶ国境の中でも舗装道路で繋がっている数少ない主要幹線の一つなのだが南米の事務手続きの遅さを考えると致命的な人数だった。今日は日曜日で観光客の移動する日だから大きな国境は避けるべきだったのをすっかり忘れていた。どちらの国も遅いが特にチリ側の手続きが遅い。結局アルゼンチンに入国するのに4時間近くもかかった。

 さすがに有名な観光地帯だけあって、最初に現れた町LaAngosturaはとても洒落た雰囲気で魅力的だったし、その先の湖も水が透明で湖水浴する人が羨ましく、泊る場所の選択肢が無数にあって頭を悩ませた。悩みすぎているうちにアルゼンチンで最も有名な観光地の一つバリロチェに着いてしまった。そこはまるでヨーロッパの様なちょっと高級で美しく洒落た雰囲気の街だった。街はいささか僕には人が多すぎたので20kmほど奥にあるスイス人の移民の村ColoniaSwissのキャンプ場に泊った。そこは南米の中の小さなスイスだった。移民の多い南米では随所にヨーロッパだったり日本だったりと祖先の国の面影が見えるから面白い。移民たちは本国に似た環境を求めて移住地を形成することが多いのだろう。北半球の高緯度から来た人は南半球でも高緯度に住んだり、このスイス村の様にスイスアルプスに似た岩山や湖がある所に住んでいる。この村の中では民芸品の屋台の列が目を楽しませ特性のスイス地ビール、アルゼンチン名物のチョリッソ(ソーセージサンド)やチロエ島でも見たクラントが舌を楽しませてくれた。バリロチェは何処に行ってもとても綺麗だけれども、人の賑わいに一人旅のライダーには少し寂しくなってしまうところかも知れない。

 湖水地方の未舗装の道路は車が比較的多いので埃がひどくてバイクにはちょっと辛い。車が通ったあとは乾燥してパウダー状になった埃が長々と帯を作る。それでもこの辺りの湖の透き通った水の魅力はそれを補って余りある。Traful湖まで来るとバリロチェに比べると観光客は減ってきた。湖畔にテントを張り、昼は泳いだり日光浴をしたり、夜は焚き火の横で降るような星を眺めた。

 湖水地方の北端ともとれるLosAndesはバリロチェを凝縮したような少しこじんまりした居心地の良い雰囲気の街だ。たまたま街をあげての大きなパレードに出くわした。古い複葉機が低空でメインストリートを飛び越えていくのを合図に民族衣装の団体、騎馬隊、軍隊、恐らく市民の全てが何らかの形で衣装や制服に身を包み長々とパレードを楽しんでいた。