凸凹コンビの旅のタイプ


2008.1.8〜1.12 チリ
フエゴ島 → プンタアレーナス → プンタナタレス → トーレデパイネ国立公園
Isla Grande De Tiera Del Fuego → Punta Arenas → Punta Natales → Paque Nacional Torres del Paine)

ウシュアイアを出発し峠を越えると雨が降ってきた。雨がなくとも手の感覚が無くなるほど寒かったから雨が降り始めると憂鬱になる。その時偶然ブラジル人ライダー、フィルが追いついてきて次のガソリンスタンドで休憩しようという事になった。こんな時は誰かと一緒に居るだけで満たされた気分になる。人は人との関わり無しには生きてはいけないのだなと思う。
 雨が小降りになるまで暫くコーヒーを飲み、心身ともに温かくなって再びフィルと共に雨の中へ走り出した。アスファルトの上では排気量で勝るフィルはあっという間に見えなくなるけれども、チリに入国し未舗装路になれば僕の世界。今度はフィルを後ろに見て、写真を撮ったりして彼を待ちつつ一緒にマゼラン海峡を目指した。往きに通った257号線よりも1本西側のこの道は車も殆ど通らず、昔自転車旅行をしたことのあるニュージーランドやアイスランドの田舎道に似ている。雨もすっかりあがった牧場の中に柔らかく淡い光が差し込む風景は、寒々とした中にも温もりを感じる幻想的なものだった。

往きと同じフェリーでマゼラン海峡を渡った夜10時過ぎに日没を迎えた。彼は何処かの村で宿を探すと言う。彼はパタゴニアバイク旅行者としては珍しくテントを持っていないのだ。もちろん何処の町にも宿はあるからそういう旅のスタイルもありだ。僕は数日前に泊ったマゼラン海峡の目の前の灯台か何処かのガソリンスタンドにでもテントを張ろうと思っていた。この日は遅くまで走ったし体も冷え切っていたから宿に泊るという選択もあったけれど、長年の旅の経験がこの時はテント泊に軍配をあげさせた。フィルと明日会う約束をして別れ、僕は田舎の小さなガソリンスタンドの草むらにテントを張らせてもらった。

翌朝ガソリンスタンドのおじさんは僕を彼の宿泊小屋兼事務所に招きいれてくれてトーストとコーヒーの朝食を出してくれた。僕はそのおじさんとの心のやり取りを楽しんでいた。そこにフィルが現れた。彼も一緒にコーヒーをご馳走になるが、どうも彼は機嫌が悪い。昨晩僕が彼と一緒にホテルに行かずキャンプしたのが気に食わない様子だ。そしてこんな所でコーヒーを飲む為にパタゴニアに来たのじゃないから早く出るという。
 その後二人でマゼラン海峡に沿った255号線から9号線に折れるプンタアレーナスに向かう途中、僕はキャブレターのチョークを戻し忘れたお陰で燃費が悪化してガソリンが街まで足らなくなったことに気付いた。道路脇に停まっていたトラックの運転手に事情を説明し一番近いガソリンスタンドを聞くと彼は笑顔でトラックに積んでいたガソリン容器を取り出してきて僕のタンクを一杯にしてくれた。“良い旅を!”と言ってお金も貰おうとしなかった。そんな事をしている間にフィルとははぐれてしまい街で探したけれどもう会うことは無かった。

フィルとは旅のスタイルが違いすぎたから彼が不満だったのも無理はない。彼は旅を急いでいたし殆どの観光客と同じで博物館や観光地に興味があった。僕はもう少しゆっくり旅をしていたし人知れぬ田舎の自然や人との何気ない出会いが好きだった。パタゴニア、いや南米には特にそんな人や場所に巡り合うチャンスが多い。でも観光地を廻る団体ツアーや高速バスの旅ではその醍醐味は殆ど味わえない。もしそんな事に興味があるならバイクや自転車の旅こそ時間にゆとりを持ち好きな時に好きな所で寝れるテントを持って気ままな旅行する事をお勧めしたい。

 フィルとはその後何度もメールのやり取りをした。僕が未だパタゴニアの道で格闘している頃に彼はブラジルの家に戻っていた。パタゴニアを急ぎ足で抜けて勿体無いことに気付き僕の旅のスタイルを羨んでいるようだった。“今度バイクで旅をするときには長い日程を取るかバイクを送るかして人や自然とのふれ合いが多いキャンプ旅行にするよ。そして君の様に軽くて小さなバイクがいいね。大きなバイクで幹線道路を200km/hで走ったところで直ぐに飽きてしまうからね。”でも僕とて、たまには彼のようなスマートな旅もしてみたいものだと思う。