マルビナス諸島


昼前に重い腰を上げて旅を再開する。夕方、3号を南下しながら宿泊地を探していたが、どの町も美しく魅力的で決めるのが難しい。観光客が少ないところにしようと思い、3号から50km離れた海岸の町プエルトサンタクルズ(Pt.Sta.Cruz)に決めた。予想通り街は静かで観光客は少なく、無料の快適な町営キャンプ場には僕の他に二組しか居なかった。ここには軍の基地があるためか、町の入り口で車の出入りを監視している婦人警官にレストランを聞いたら教えてくれたついでにバイクの書類やらパスポートやら根掘り葉掘り調べられた。アルゼンチンはのんびりした風景の国だけれども軍の施設をあちこちで目にする。その緊張感の対比がとても不釣合いに見える。

 “マルビナスはアルゼンチンのもの”。パタゴニアの道路にはそんな看板がよく見られる。日本人にはマルビナスよりもフォークランドの方が聞き覚えのある名前だろう。1982年にフォークランド諸島の領有権を巡ってアルゼンチンとイギリスの間で起こった戦争(日本では紛争と呼ばれている)ではイギリスが勝って決着したものと思っていたので、標語を見るのは意外だった。海沿いの小さな町々の広場にも戦争で活躍した戦闘機や兵士の銅像などなどが標語と共に飾られており、アルゼンチン政府が如何に島の領有権に今もこだわり続けているかが伺える。両国の領有の歴史的正当性という表向きの言い分を見て見ると、どちらかと言えばアルゼンチン側の主張に分がある様に僕には感じられるし、遠く離れたイギリスが領有することに違和感がある。しかし本音を知るとイギリスの行動も必然と言える。昔は南極への補給基地としての価値があり、そして油田が発見された今、イギリスがこの縄張りを手放す気持ちはますます無いだろう。

 小さい頃は人は話せば分かり合える、全ての人と友達になれると信じていたが大人になるとそれは不可能だと気付く。多分殆どの人が薄々そう感じているだろう。平和な生活を願う気持ちは誰でも同じだと思うけれども、世界中から戦争や争いがなくなる日は来ないと思っている。動物は生活のため、遺伝子を守るため、縄張りを守ろうとする習性がある。僕は悲観論者でも楽観論者でもない。人間もそういう動物の一種だと思っているだけだ。ただ、不可能だからと最初から諦めてしまっては理性と知恵を持った人間として生きる意味が無い。人間は動物としての運命と知性を持った生き物の宿命の狭間で葛藤しながら生きて行くのだろう。