海獣の楽園と人間


パタゴニアの旅行ガイドブックに必ず載っているのが1999年に世界遺産に登録されたバルデス半島だ。ここでも外人はちょっと嫌な思いをする。半島の付け根にある自然保護区のゲートで外人は40ペソ、アルゼンチン人は12ペソ払って入る。
 透き通った海や海面下40mにあるという塩湖に驚きはするものの風景は大して他と変わらず殺風景で何だここはと思うのだが、海岸に行くとびっくりする。アシカの仲間のオタリアが断崖絶壁の下の海岸に遠くのほうまでびっしりと無数に寝そべっているのが見える。別の場所には更に体が大きく獣の匂いのするゾウアザラシがハレムを作っている。僕は見なかったが鯨も頻繁に見れるらしい。翌日訪ねた更に200km南にあるプンタトンボという別の保護区の海岸にはペンギンの営巣地があり、あたり一面ペンギンだらけ。ペンギンは人間を全然怖がらないので巣の合間を縫うように遊歩道が続いて僅か数十センチの距離で彼等を観察できる。テレビでは良く見る光景だが実物の迫力は圧巻だ。
 こうした海獣達が人間の活動によってどんどん数を減らし生息域を狭め、これらを自然保護区として管理しなくてはならなくなったのは悲しい現実だ。だから複雑な想いでこの尊大な光景とカメラを構える観光客と保護区というシステムを眺めていた。そもそも弱肉強食という自然界の法則の中で、弱者を保護するという発想は人間以外の動植物には見当たらないことだからとても違和感を覚える。僕が言いたいのは自然保護をするべきだ、するべきではないという事ではなく、これまで気の遠くなる時間をかけて築かれてきた食物連鎖のピラミッドが既に崩壊し、安定して立つ事のできない不自然な状態にあるということだ。生態系の頂点にいる人間は今、世界中の環境に適応し大量繁殖し南極大陸にさえ生息している。当にゴキブリ以上の生命力の持ち主かもしれない。ピラミッドの頂点の生物が下層の生物より圧倒的に多いという構造は明らかにいびつだ。今人間界が直面する様々な問題、食糧難、貧困、伝染病、エイズ、エネルギー問題、戦争、天候異変などなどは自然界という客観的な視点から見ると、ピラミッドが新たな平衡状態に移行する要因になっているような気がしてならない。もちろん人間は知性と理性によってこれに立ち向かい続けるのだが、そう遠くない未来に人類は自らの行いの手痛いしっぺ返しによって他の動物たちと同じように個体数を減らし、やがて人類に代わる王を迎えることになるかもしれないと思っている。人間と言う動物は人間が思っている程には賢い生き物ではないと思う。かつて動物が水中から陸上生活に進化していった様に、今度の王様は二酸化炭素や放射能を必要とするエイリアンの様な生き物かもしれない。そんな妄想をしていなければ今の厳しい現実は見ていられない。>

陸にはハリセンボンのようなアルマジロやガナコという鹿のような動物もいた。運命共同体の彼等と少しでも長く地球の生活を楽しみたいものだ。

 人間が如何に適応能力があるかという例はここアルゼンチンにも見られる。アルゼンチンはヨーロッパからの移民の多い国だから村々には教会があり、街はヨーロッパを思わせるような整然とした趣のある雰囲気のところが多い。バルデス半島を離れ100kmほど南下したトレレウ(Trelew)という大きな町から少し内陸に入ったところにガイマン(Gaiman)というイギリスウェールズ地方からの移民の村がある。英語を話す人はもう見かけなかったけれども、コーヒー文化のアルゼンチンで紅茶の喫茶店がいくつも見られる珍しいところだ。どの家も綺麗な花や庭木が良く手入れされたイギリスの庭園を思わせるような庭があり、歴史を感じさせるとても綺麗な村だ。この乾燥して風の強いパタゴニアにあって砂漠の中のオアシスの様に映る。もちろん庭には水撒きは欠かせない。僕の泊った村外れにある川の辺のキャンプ場では強風で砂埃がひどかった。僕の他の唯一の宿泊者で、キャンピングカーで世界一周中というフランス人夫婦によるとここの風は未だマシで南はもっと強いとの事だった。