田舎村の人達


日が暮れた夜9時ごろにLondresという小さな村で宿は何処かにないかと人に尋ねていると、近くを通りかかった目を大きく見開いたおばさんが“うちはホテルだよ”と案内してくれた。そこは村の広場の横にある伝統ある立派なお屋敷だった。お屋敷の一部をホテルとして開放しているようだが、こんな所を訪れる観光客は殆どいないだろうし、25ペソという安い宿泊料では収入の足しにもならないだろう。間違いなく趣味でやっているホテルだ。屋敷の調度品は風格のあるものばかりで、優雅な生活を送っている事がわかる。広い中庭には葡萄がたわわに実っており、花が手入れよく植えられている。掃除の人夫や女中達が何人も働いている。屋敷の主人のおばあさんは道に居たおばさんのお母さんで、気品があり誇り高く何事にも動じない風格が漂っている。こんな田舎では有力な名家なのだろう。

 
夜中に部屋にノックがあり顔を出すとあのおばさんが居た。広場の反対にあるプールバーへ行こうと誘われる。客を誘うなんて珍しいと思ったし、こちらがスペイン語が分からないと知っても早口を止めないし、あのおばあさんの娘とは思えない人だと不思議だったけれど彼女は頭が少しおかしいのだと気がついた。店では酒をおごれと迫ってくるし、話を聞かされる廻りの客も困っていた。翌朝おばあさんと一緒に朝食を食べた。笑顔を全く見せず少し高慢な人かと思っていたが、パリに居るもう一人の娘の写真を見せてくれたり、宿帳に一言書いてくれとお願いされたり、最後は庭の葡萄を土産に持たせてくれて見送られた。

 世界から遥か昔に取り残されてしまったようなこんな田舎にもそれぞれの人のドラマがある。当たり前のことだけれど、そんなことに一々感動する。