過去と現在の交錯する街


150号線を東に進み、5つの道路が交差するPatquiaの交差点は大陸の雰囲気が漂っていた。強い日差しを避けようとトレーラー達が日陰を求めて休憩している。大陸を移動する彼等は家族と共にキャビンの中で生活していたりもする。交差点の食堂で昼食をとって再び何も無い乾いた大地へと去っていく。現代の砂漠のラクダ商人のようだ。

74号線を選んで再び北上を始める。左右の遠くに山をみながら追っても追っても逃げていく地平線目指して進む。途中道路脇にブドウ畑が広がっていたり道路沿いに平行して走る廃線になった線路や朽ち果てた駅が見える。この辺りの街には30年、40年前の主にはアメリカの乗用車やトラックがのろのろと走っている。トラックの荷台には人がたくさん乗っていたりする。一方では新しい中国製の小さなバイクが溢れ、若者がノーヘル、二人乗りで意味も無く通りを行き交っている。過去のアメリカと現代の中国を行き来するような奇妙な光景だ。人々は貧しそうだがそれなりに車もバイクも走っているし、ブドウ畑とワイン作りと僅かな観光くらいしか産業の無いこの地方で一体どうやってこんなに大勢の人達の文明生活が成り立つのか不思議でならない。恐らくはアルゼンチン経済の回復、パタゴニアでの石油生産、中国の発展がこの人達を支えているのだろうが、それは陽炎の様に危うく見える。

 人間は便利さを求めて文明を発展させてきた。18世紀辺りに始まった世界の工業化の歴史の中で、人はエネルギーを利用する方法を編み出してきた。自転車に乗っていた人がバイクに乗り、ラクダに乗っていた人がトラック、トレーラーに乗る。石油はこれまで世界の6億人の人に使われてきたがBRICsの台頭などで30億人が使う時代が来ているらしい。
 一度手に入れた便利な生活を手放すのは非常に難しい。エネルギー消費の拡大は水から始まり石炭、石油、原子力とエネルギー源を追い求めてきた。しかしこれらは世界の66億人に等しく豊かに与えられる量は無いし、例えあったとしても地球はその負荷に到底耐え切れない。
 指導者は産業革命以降の大量消費社会の方向を転換し、新たな人の生き方の目標となる一里塚を示し、技術者は省エネルギー、脱エネルギーを目指す技術開発を急がなければ世界の未来は明るくないと思う。