ウィリアムさん


田舎者の僕は世界中どこであれ大都市はあまり得意ではない。田舎に居ると一人の人間になれるけれども都会にいると大勢のなかの1つの数になってしまう気がする。でも敢えてチリの首都サンチアゴへ向かう理由は2つあった。1つはブラジルへ戻る頃にはビザが切れてしまうのでもう一度ビザを取り直す必要がありブラジル領事館へ行かなければならなかったから。もう1つはブラジルヤマハの友人が紹介してくれたチリヤマハ(Yamaimport)のウィリアムさんに挨拶に行くためだ。彼とは面識がなかったが、サンパウロでバイク入手に苦戦している時に友人が、チリならもっと簡単かもしれない、と連絡してくれたのがきっかけで親切にも色々調べて頂きメールのやり取りをした経緯があった。
 “ヤマハで働いていたのなら私の永遠の友人だし、私のブラジルヤマハの友人達の友人ならあなたは私の良き友人でもあるから喜んでサポートするよ”旅の道中も何度かメールで気にかけて下さった。“パタゴニアには親戚が住んでいるから何か困ったことがあったらいつでも連絡して欲しい”、“これから長期休暇に入ってしまうので連絡が取れなくなってしまうけれどいついつには出社するから。”そこから伝わる彼の人柄は、僕の知る南米人のイメージよりも繊細な気配りをする日本人に近い様な印象で、感銘を受けていたので是非とも直接会ってみたかった。

チリを南北に貫く幹線道路、国道5号に出るとサンチアゴを目指して北上する。交通量も非常に多く景色も変わらず時々路肩にある出店を見る以外退屈な高速道路だ。予定より早く、サンチアゴに入ったのは夕方5時過ぎ。街は東にアンデス山脈を望み、とても歴史を感じさせる建物が多くヨーロッパの様な雰囲気だ。こんなに綺麗な街なのに冬になると雲が低く垂れ込めてアンデス山脈と雲に出口を塞がれた空気は世界一汚染されると言うから信じられない。もう会社も終わりだろうしヤマハへ行くのは翌日にするつもりだったけれど、未だ明るかったので場所だけ確認するつもりで人に聞きながらたどり着いた。本社はショールームを兼ねていて未だ開いていた。心の準備が出来ていなかったので急にドキドキしながら中に入って行った。

ショールームは吹き抜けになっていて見上げると2階の事務所が見える。そこに彼は立って僕を見下ろしていた。“ホンダに乗った日本人らしき人が来た”と同じ事務所で働く奥さんサンドラから耳にして急いで見に来たらしい。そこからはまるで目の前で起きていることが他人のことの様な感覚で信じられないような時間がゆっくりと過ぎていった。訪問をとても喜んでくれて、事務所に案内され、会議室で同僚のとても面白いセンスを持った男アレジャンドロ(Alejandro)と共に話をしたあと家に招待されて晩御飯をご馳走になった。最後は信じられないことに母親が留守にしている彼の実家に1人で泊めて頂いた。初対面なのにまるで旧友をもてなすかのような彼の言葉や振る舞いは心に響くもので改めて信頼と深い尊敬の念を抱いた。実家には彼の活躍を伝える雑誌の切り抜きの記事が飾ってあった。彼は自分と同じ趣味、モトクロスのチリ選手権チャンピオンを7度も取った男なのだ。彼の人柄とチャンピオンという事実は無関係ではないと思う。スポーツにせよ何にせよ一つの世界を極めた人というのは人格者が多い。

翌日からブラジル領事館に付き合ってもらったり事務所を自由に使わせてもらったり、昼飯、晩飯をご馳走になったりとビザが発給されるまでの1週間、毎日毎日本当にお世話になり楽しい時間を過ごさせてもらった。とても申し訳ないと思っていたし失礼極まりない話だが、ホンダのバイクの部品まで面倒をみてもらってしまった。少しでも恩返しをしようと、彼らが抱えていたバイクの問題の件で日本のヤマハの元同僚にコンタクトを取って情報を仕入れたり、中国語の書類の英訳などをさせてもらった。会社で仕事としてやるのはあまり興味の無いことなのに、彼らの役に立つと思うと手間も気にならず、むしろ嬉しかった。

出発の前日の夜、彼の家で夕食をご馳走になったあとハグでお別れをした。感謝と感動は口ではとても伝えきれなかった。翌日ビザを手にして再びヤマハに寄って皆に挨拶しようかと迷ったけれど、もう一度別れの辛さを味わうことを思い直してサンチアゴをあとにした。その日の夜は南米最高峰アコンカグアを望む道路わきの荒野で一人野宿した。野宿は当たり前の旅をしていたけれど、ウィリアムさん達や宿泊していたユースホステルで仲良くなったオーストラリアの友人達とも遠く離れ、この夜はさすがに寂しかった。

 その後、ウィリアムさんはいつも僕の旅先からのレポートに暖かい返信をくれた。感動して何度も読み返した。その幾つかを紹介しよう。“サンチアゴではお前と同じ魂を共有する忘れられない経験をした。お前は素晴らしい男だ。”、“お前はとても強くて幸運な男だ。このとても特別な旅を無事に終える力と運があることを願っている。そしていつかその経験を人に伝えてくれ。本を書くとかね。”、“お前が心に一生に残るような特別な経験をしながら旅をしているのが俺も嬉しい。お前は旅を始める前よりも、もっと特別な男になったんだよ。”こんなに心に響くメッセージをくれる彼を友人に持てたことを心から誇りに思っている。人生でこんな人に出会えるチャンスは多くない。僕は彼に出会えてとても幸運だ。